GOLDEN SHEEP

2009年、私はパリからロンドンへ向かう列車に乗っていた。ドーバー海峡を抜け、イギリスの国土が見えてくる。夕方の霧が、幽霊のように海辺をさまよっていた。海にそびえる崖の上には閑散と木々が並んでいる。私は白く霞んだ景色の中に小さな点をいくつか見つけた。「あれは何だ?」と目を凝らすと、羊だった。私は生まれて初めて羊を見た。列車に乗っている一瞬の出来事だったが、霧に包まれた羊のいる光景の美しさに魅了された。

日本において、羊が定着したのは明治近代以降である。羊の繁殖は何度も試みられたが、寒冷地に住む羊が日本の温暖湿潤な気候に適応できなかった。

奈良時代 (710- 794) の正倉院に、羊を描いた絵画『羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちびょうぶ)』がある。ペルシアから伝わってきた絵画様式を模したものと考えられ、羊の輪郭だけが朧げに描かれている。それが私には、羊を見たことがない日本人による、脳内の曖昧なイメージの表現に見えてしまう。そして、その画像は私の脳内において、イギリスで見た霧に包まれた羊の記憶と重なるにいたった。

現在、この絵画が制作されてから1000年以上が経過している。今後の劣化によって羊が消えてしまう前に、それに代わるものを創造するのが私の役目であると、いつしか思い始めた。

ー隼田大輔